AC共育ちブログ

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AC・愛着ケアの癒し

2026/03/29

〜自己否定の根っこと、回復への3つの道〜

なぜ、自分を否定し続けてしまうのか

「自分が悪い」

「自分はバカだ」

「自分には価値がない」

「自分は嫌われる」

「自分はおかしい」


こうした言葉が、あまりにも自然に心の中に流れている人がいます。

それは一時的な落ち込みではなく、いつの間にか自分自身のアイデンティティのように染みついてしまった感覚です。


祖母から母へ、母から私へ。

気づけば、自己否定や自己卑下は、家族の中で受け継がれてきた“心の癖”のようなものでもありました。


本当は、自然にそのまま認められて生きていれば普通は「自己肯定感」や「自尊心」が育ちます。

しかし、幼少期に故意に自分以外の人からの批判や無視、心無いひどい暴言を浴びたことにより

本当の感情を感じないように防衛して、苦しくても自己否定をやめられなくなっていくことがあるのです。


幼少期に身につけた「世界観」が自己否定になったというわけです。

自己否定が脳でお決まりのパターンになっていくと、ますます自分以外の人からいいように扱われやすくなり、共依存に絡まれるはめになり、無意識にいつも「自分が悪い」「ごめんなさい」「自分さえいなければ」「いつも損する」人生が苦しいとなってしまいます。


さらに説明すると、私たちは幼い頃、家庭の空気や親との関わりの中で、無意識のうちに「この世界はどんな場所か」「私はどんな存在か」を学びます。


たとえば、

「自分は迷惑をかける存在だ」

「私が悪いから怒られる」

「人は信頼できない」

「世界は安心できる場所ではない」


そんな思い込みが、まだ小さな心の中に刻まれてしまうことがあります。本当はその思い込みは真実ではなくても。


なぜなら、不安を抱えた母親、怒りっぽい父親、恨み憎しみのある人間関係、安心できない家庭環境の中で育つと、子どもはその環境で育ててもらい生き延びるために不快であっても本音を抑えます。

本当は嫌だった。怖かった。悲しかった。苦しかった。

それでも、仕方なく

「大丈夫」なフリ

「しっかりしている」なフリ

「いい子」なフり


と、自分を守るために、感情をマヒさせて、その場の役割を演じるようになります。


その結果、自分の本音や感情が分からなくなり、相手の無理な要求にも「私は役に立たなければ価値がない」みたいな感じで、自然に応じてしまうようになるのです。


そのようは自己否定の強い人は、共依存に巻き込まれやすいと言えます。

共依存とは他人と自分の区別があいまいな状態です。

自己否定が強い人は、他人の感情にとても敏感です。

相手が怒っていると、すぐに「私が悪いのかもしれない」「私が何とかしなければ」と考えてしまいます。


すると、


相手の不機嫌の責任を背負う

境界線があいまいになる

自分より相手を優先しすぎる

自己犠牲が当たり前になる

という状態が起こりやすくなります。


一見、そのやさしさは美徳のように見えて、「何でも自分のせいにする」癖があるので、支配的な人や依存的な人に利用されやすい構造でもあります。


そして、尽くせば尽くすほど、相手の問題まで背負い込み、自分も相手も苦しめてしまうことがあります。


本当は相手に向けるべき怒りを、自分に向けてしまうという「自己否定」になります。


自己否定が強い人は、本来なら「嫌だ」「やめて」と言ってよかった場面でも、その怒りを外に出せません。


「怒ると嫌われる気がする」

「怒ることは悪いことだ」と思っている

「親の怒りが怖かったから、自分はそうしたくない」

「怒ったら、見捨てられる」不安がある


そうすると、怒りは外に向かわず、自分を責める形に変わります。

これが自罰です。


「自分が悪い」

「私さえ我慢すればいい」

「こんな自分は罰せられて当然だ」


そうやって自分を責め続けることで、自己否定のループは終わらなくなってしまいます。


自己否定の奥には、傷ついた自己愛がボロボロになって隠れています。


「自分だけが特別にダメだ」

「自分だけが価値がない」

「自分だけは責められて当然だ」


自己否定をする人は、その自己会話を「謙虚さや卑下」のように感じているかも知れませんが

でも実は、その自己否定は「自己攻撃」です。


さらに、偏った「自分」を強く意識し続けている状態でもあります。


偏った自己が外側に出ると「自分はすごい」になりますが、

内側に反転すると「自分はダメだ」と責め続ける形になることがあります。

プライド高いけど、劣等感が強い状態です。


そしてその言葉は、やがて家庭の空気となり、子どもや次の世代にも静かに受け継がれていくことがあります。


自己否定から回復するための3つのプロセス


では、どうしたらこの長い自己否定の連鎖から抜け出していけるのでしょうか。

ここでは、回復のために大切な3つのプロセスをお伝えします。


1.幼い頃の感情を見つめ直す


まず必要なのは、子どもの頃の自分の気持ちにやさしく触れていくことです。


あの頃、お母さんはどんな人に見えていたか

お父さんはどんな存在だったか

家の中で、私はどんな気持ちで過ごしていたか


こうして丁寧に振り返っていくと、

「本当はすごく傷ついていた」

「ずっと我慢していた」

そんな幼い自分に出会うことがあります。


その子の声を、今の大人の自分が聴いてあげること。

それが、インナーチャイルドを癒す第一歩です。


そして、何度でも確認していくのです。


親の問題は、子どもの責任ではない

私が傷ついたのは、私が悪いからではない


この見直しが、自己否定の根をゆるめていきます。


2.「私は私でいい」と決める


自己否定が強い人は、自分の価値観よりも、他人の価値観で生きてしまいやすい傾向があります。


嫌われないように生きる

期待に応えることを優先する

理想に届かない自分を責める

評価されないと不安になる


でも、本当の自己愛とは、

「私は私として生きていい」と静かに認める力です。


自分は特別な存在でありながら、同時に世界の一部でもある。

その両方を受け入れられるようになると、心に芯が通ってきます。


誰かの期待に合わせて生きる人生から、

自分の感覚を信じて生きる人生へ。

それが、アイデンティティの確立です。


3.罪悪感を手放し、上手に自己主張する


長年、自分を抑えてきた人は、言いたいことを言うだけでも強い罪悪感を覚えます。


こんなことを言ったら悪い

我慢したほうがいい

相手を優先しなければいけない


けれど、健全な人間関係には、自分の気持ちを言葉にする力が必要です。


大切なのは、相手を傷つけることでも、我慢し続けることでもなく、

相手を尊重しながら、自分も尊重することです。


それがアサーション、つまり成熟した自己主張です。


少しずつでも、


私はこう感じている

私はこうしたい

それは嫌です

ここまでは大丈夫、ここからは無理です


と伝えられるようになると、自己否定ではなく、信頼を土台にした関係を築けるようになります。


ありのままの自分で、生きていくために


最終的に目指したいのは、とてもシンプルです。


自分を大切にすることと、他人を大切にすることが、矛盾しない生き方。


完璧でない自分を受け入れる

他人との違いも受け入れる

罪悪感ではなく、愛と感謝で人を見る

失敗と人格を切り離して考える

自分にも他人にも、思いやりを向ける


祖母も、母も、私も、そして娘も。

祖父も、父も、僕も、そして息子も。

それぞれの時代の中で、一生懸命に生き延びようとしてきました。


自己否定は、その人が弱いから生まれるのではありません。

むしろ、必死に適応してきた結果、身についた心の癖なのです。


だからこそ、後天的に、理解し、癒し、少しずつ手放していけるものです。


自己否定し続ける人生から、

ありのままの自分で、静かに、でも確かに輝いて生きる人生へ。


その一歩は、

「私は悪くないかもしれない」

そう思ってみることから始めてみて下さい。応援しています。

2026/03/15

熟年離婚

モラハラ夫と自己卑下妻の例

たとえば、「加害者と被害者」だけでは語れない

モラハラ夫と自己卑下妻問う考えを『陰陽論』で考えてみます。 

夫はいつも威圧的で、自分の意見を押し通し、

妻を責め、見下し、威圧します。一見すると、

夫が「陽」で、妻が「陰」に見えます。

夫は攻撃で自分を大きく見せ、

妻は小さく受け身になり、耐え、黙り、呑み込みます。

けれども、この関係を深く見ていくと、

夫は本当の意味で成熟した陽ではありません。

成熟した陽とは、守る、導く、責任を持つ力です。

相手を押さえつける力ではありません。

モラハラという現れは、実は未熟で不安定な質の悪い陽です。

その内側には、自身のなさ、傷つきやすさ、劣等感、

支配を失うことへの恐れが潜んでいます。

一方で、妻の陰も、本来の成熟した陰とは違います。

成熟した陰は、受容、共感、柔軟さ、育む力です。

しかし、自己卑下する妻は、自分の感情や境界線を失い、

「私が悪い」「私さえ我慢すればいい」と思い込んでしまいます。

それは本来の陰である受容とは質が違います。

この時二人の間では、未熟な陽と未熟な陰が結びついています。

夫は強く出ることでした自分が保てず、

妻はますます自信を失います。

その結果、二人は真逆に見えて本当は同じ檻の中にいます。

一人は檻の支配の部(鬼門)分に、

もう一人は檻の服従の部分(裏鬼門)に閉じ込められているのです。

なぜ、そのような関係から抜け出せないのか 。

こうした関係は、外から見ると苦しそうでなぜ別れないのか、

なぜ、そのような言い方をするのかと不思議に見えることでしょう。

けれども、その背景には多くの場合、思い込みや信念が隠れていくことがあります。

よくあるのが、性の役割、男だから女だからという信念、

また、夫側には「弱さを見せてはいけない」

「負けてはいけない」

「支配される前に支配しなければ奪われる」

「女性より権威がなければ一人前ではない」

「女は劣っている」

「家父長体制」「男は家事をするものではない」

などの無意識の信念があるものです。

妻側には「嫌われてはいけない」

「ちゃんと家事や料理をしなければいけない」

「波風を立ててはいけない」

「私が我慢すればすべては上手く収まるから」

「周りに迷惑をかけてはいけない」などという無意識の信念があるかも知れません。

あえて言葉には出していませんが、

そのために二人は無意識に絡み合っていてますますドツボにハマっていってしまいます。

ずっと偏ってきて、もうこれ以上譲れないというところまできて崩壊します。

まるで、長年使い古したもののように「古女房」といったり、

夫を鬼のように怖がったりするのです。

夫は「この家の支配者」のように演じ、

妻は「従順な家政婦」のように演じ、

そして、お互いにその役を補完し合っていしまうのです。

ココに陰陽の法則を見ると、

相手だけが原因なのではなく、

両者の偏りが関係を固定化しているということが見えてきます。

もちろん、だからといって加害行為が正当化されるわけはありません。

暴言での支配ははっきりと境界線を引いて扱うべき問題です。

ただし、関係の本質を理解するためには、

善悪のラベルだけで終わらせず

「なぜこの形がうまれ、続いてしまったのか」

を見る必要があります。

統合とは何か

統合とは、偏った先にはありません。

偏った先から中心に戻ってきたところにあります。

偏った自分の反対側の力を少しずつ取り戻していくことです。

よって、支配的な人に必要なのはさらに強くなることではありません。

弱さを認めること、

傷つきやすさを自覚すること、相手をコントロールせずに不安に耐えることです。つまり、陽に偏った人には陰の力、相手を受容する、自分を内省する、共感することが必要です。

服従する人は必要なのは、さらにやさしくなることではありません。我慢をやめて、自分の気持ちを知ること、自分の境界線を守ること「嫌だ」ということ、自分の価値を引き付けることです。つまり、陰に偏った人は、陽の意思、主張、挑戦、行動、自尊心が必要です。

統合とは、やさしい人だけでもなく、強い人だけでもない

と認めることです。人はやさしさの中に強さを持てます。強さの中にやさしさを宿せます。受け入れながら、境界線を引くこともできます。愛しながら、離れることもできます。それが陰陽の統合です。

「こうあるべき」「こうするべき」「役割」「決めつけ」「固執」から自由になる

ほんとに必要なのは勝つことではありません。

夫が完全敗北すればすべては上手くいくわけではありません。

妻が逆転支配するばいいことでもありません。

そうなれば、立場が入れ替わるだけで、偏りそのものは続いてしまいます。

必要なのは、二人がそれぞれの偏りに気づくことから始まります。

夫は「支配的にならなければ不安でいられない自分」に気づくこと。

そして、演じる役から降りること。

妻は「小さくならなければ愛されないと思っていた自分」に気づくこと。

そして、そこから役割を降りることです。

私は陰陽の法則とは古い思想ではなく、

人間関係の深い真実を映す鏡だと思ています。

苦しみは片方が悪いからだけではなく、

多くの場合、偏りが固定された時に大きくなります。

だから癒しとは相手を打ち負かすことではなく、

自分の中で失っていた反対側の力を回復することなのです。

やさしい人が自分を守れるように経済的にも精神的にも自立すること。

強い役の人は心から人を思いやれるようになること。

そのために家事や料理をして相手のことを配慮すること

目からうろこの体験になるでしょう。

そのとき、関係は支配と服従ではなく、尊重と循環へと変わります。

陰と陽は戦うと分離か崩壊を起こします。

共に在ることで調和し新しい命に変わります。

陰陽の法則の要点 




陰と陽は対立ではなく、補い合う力である

問題は陰陽そのものではなく、一方への偏りである

陽に偏ると支配や攻撃になりやすい

陰に偏ると自己否定や自己犠牲になりやすい

統合とは、反対側の力を取り戻し、循環を回復することである


2026/03/04

相手の尊厳を守りながら、心を動かすコミュニケーション

人に提案するときの賢い伝え方

―相手の尊厳を守りながら、心を動かすコミュニケーション― 

人間関係において「提案」はとても繊細な行為です。

どんなに良いアイデアでも、伝え方を誤れば、相手の心は閉じてしまいます。

親が子どもに何かを教えるとき。

上司が部下に助言するとき。

パートナー同士で未来のことを話すとき。

そこには共通する一つの原則があります。

それは、

人は「指示」には反発し、「尊重」には耳を傾ける

ということです。

提案とは、相手を動かすことではなく、

相手が自分で動きたくなる空間をつくる技術なのです。

1 提案の前に必要なのは「理解」

人は、理解されていないと感じると、防御的になります。

その状態では、どんな助言も心に届きません。

例えば、誰かが悩みを話してきたとき、

「それならこうしたらいいよ」

とすぐに提案してしまうと、相手は

「この人は私の話を聞いていない」と感じます。

まず必要なのは、共感です。

「そういう状況だったんですね」

「それは大変でしたね」

この一言があるだけで、相手の心は少し緩みます。

心が開いたところで、初めて提案は意味を持ちます。

2 提案は「命令」ではなく「選択肢」

賢い提案とは、相手の自由を奪わないものです。

人は自分で決めたことには責任を持ちますが、

押し付けられたことには反発します。

「こうするべきだ」

「それは間違っている」

このような言い方は、相手の自尊心を刺激します。

代わりに、

「こんな方法もあるかもしれません」

「もしよかったら、こういう考え方もあります」

という形で伝えると、相手は安心して考えることができます。

提案とは、答えを渡すことではなく、

新しい視点を差し出すことなのです。

3 相手の尊厳を守る

人は、誰でも自分の人生の主体でありたいと思っています。

だからこそ、提案の最後には相手に選択を返すことが大切です。

「どう思いますか?」

「あなたにはどれが合いそうですか?」

この一言があるだけで、提案は「支配」ではなく

対話になります。

4 タイミングを見極める

どれほど優れた提案でも、

相手の心が閉じているときには届きません。

怒っているとき

落ち込んでいるとき

疲れているとき

このような状態では、人は新しい考えを受け入れにくいものです。

そんなときは、提案よりもまず

「そばにいること」

の方が価値を持ちます。

5 関係性によって提案の形は変わる

提案の仕方は、関係性によって変える必要があります。

親が子どもに提案するとき

子どもにとって大切なのは、正解を教えられることよりも

「自分で考える力」を育てることです。

「どうしたらうまくいくと思う?」

「もし別の方法があるとしたら何だろう?」

このような問いは、子どもの思考を広げます。

上司が部下に提案するとき

部下は評価される立場にあるため、

提案が「批判」に聞こえやすいものです。

そのため、

「ここはとても良かった」

「さらに良くするなら、こういう方法もある」

というように、まず肯定を示すことが重要です。

パートナー同士の提案

恋人や夫婦の関係では、上下関係がないため、

助言はときに「コントロール」に感じられます。

そのため、

「私はこう感じたんだけど、あなたはどう思う?」

という形が自然です。

ここでは、正しさよりも

対等な関係が大切になります。

6 提案の黄金の順番

多くの人は、提案を急ぎすぎます。

しかし、本当に伝わる提案には順序があります。

共感 → 質問 → 提案

まず理解し、

次に相手の考えを聞き、

その上で提案する。

この順序を守るだけで、コミュニケーションは大きく変わります。

7 賢い提案の一言

プロのカウンセラーがよく使う言葉があります。

「もしよかったら、一つ提案してもいいですか?」

この一言は、相手に選択の自由を残し、

押し付けを防ぎます。

そして何より、

「あなたを尊重しています」というメッセージになります。

終わりに

提案とは、人を動かす技術ではありません。

それは、

相手の可能性を信じ、

その人自身が一歩踏み出すための光を差し出すこと

なのです。

相手を尊重する提案は、

人間関係を壊すことなく、むしろ深めていきます。

そしてそれは、

家庭でも、職場でも、パートナーシップでも、

人が共に生きていくための大切な知恵なのです。

2026/02/14

アダルトチルドレンの「5つの苦手」

🌿 5つの苦手を回復する「5つの習慣」

アダルトチルドレン(AC)は、弱い人ではありません。

むしろ、**幼いころに“強くならざるを得なかった人”**です。


けれど、その代償として、

大人になってから“苦手”が生まれます。


それは性格ではなく、

神経に刻まれた生存戦略です。


① 人に助けを求めること


幼いころ、


✔ 助けを求めても無視された

✔ 弱音を吐くと怒られた

✔ 甘えると否定された


そんな経験があると、脳は学習します。


「助けを求める=危険」


だから大人になっても、


・一人で抱え込む

・限界まで頑張る

・倒れてから初めて気づく


助けられるより、

助ける側に回る方が安全なのです。


② 人に「ノー」と言うこと


家庭が不安定だった人ほど、


「空気を壊してはいけない」

「波風を立ててはいけない」


というルールを身につけます。


ノーを言うと、


・怒られる

・嫌われる

・見捨てられる


そんな恐怖がよみがえるのです。


だからつい、


「いいよ」

「大丈夫」


と自分を後回しにしてしまう。


③ 自分の感情を表すこと


ACの多くは、


「感じること」を封印して生きてきました。


寂しいと言えない。

怖いと言えない。

怒りも出せない。


なぜなら、


感情を出すと家庭が壊れたから。


感情は“危険物”だったのです。


だから、


感情が分からない

感情が出ると止まらない


両極端になりやすいのです。


④ 人と親密になること


これは一番深いところです。


ACの脳はこう覚えています。


「親密=傷つく」


愛した人が怒鳴った。

信じた人が裏切った。

近づいたら攻撃された。


だから無意識に、


・距離を取りすぎる

・相手を試す

・先に嫌う


それは冷たさではなく、

防衛です。


⑤ 自分を信頼すること


これが最終段階です。


幼いころ、


✔ 判断を否定された

✔ 気持ちを無視された

✔ 「お前が悪い」と言われた


すると、


「私は間違っている」

という前提ができます。


だから、


決断が怖い

自信が持てない

他人の意見に揺さぶられる


自分より他人を信じる癖がつくのです。


でも、ここが希望


これらは“欠陥”ではありません。


すべて、


生き延びるために

神経が選んだ戦略です。


そして――


神経は、整えば変わります。


安全を感じる時間が増えると、


✔ 助けを求められる

✔ ノーと言える

✔ 感情を伝えられる

✔ 親密さを楽しめる

✔ 自分を信じられる


ようになります。



🌿 5つの苦手を回復する「5つの習慣」


アダルトチルドレンの苦手は、

性格ではありません。


それは、幼い頃の神経が

必死に身につけた“生存戦略”です。


だからこそ、

責めるのではなく、

習慣でゆっくり書き換えるのです。


① 人に助けを求める回復習慣

― 小さく頼る練習をする


いきなり「助けて」と言わなくていいのです。


まずは、


✔ 「これ、どう思う?」と意見を聞く

✔ 「少し手伝ってもらっていい?」と限定して頼む

✔ LINEで軽く相談してみる


神経は、

「頼っても死ななかった」という体験を積むことで緩みます。


助けを求めることは、弱さではなく信頼です。


② ノーと言う回復習慣

― まず“心の中でノー”を言う


ACの人は、口より先に体がフリーズします。


だからまず、


✔ 心の中で「本当は嫌だな」と認める

✔ すぐ返事をせず「少し考えます」と言う

✔ 小さな場面で断る練習をする


ノーは攻撃ではありません。

自分を守る境界線です。


③ 感情を表す回復習慣

― 1日1感情を書く


感情は、急に人前で出す必要はありません。


まずはノートに、


✔ 今日うれしかったこと

✔ 今日モヤっとしたこと

✔ 今日ちょっと怖かったこと


を一言で書く。


「そう感じても当然だったね」


と自分に声をかける。


感情は、

感じても安全だと分かると、やさしく流れます。


④ 親密になる回復習慣

― “少しだけ近づく”


ACはゼロか百になりやすい。


だから、


✔ すべてを話さなくていい

✔ すぐ深くならなくていい

✔ 少しだけ自分の本音を出す


「私は今ちょっと不安なんだ」


この一言が言えたら、それは大きな前進です。


親密さは、

一気に飛び込むものではなく、

少しずつ温度を上げるものです。


⑤ 自分を信頼する回復習慣

― 1日1“自分で決める”


小さなことでいいのです。


✔ 今日着る服を自分で決める

✔ 食べたいものを選ぶ

✔ 今日は休むと決める


そして夜にこう言う。


「今日も、自分で選べたね」


自信は成果からではなく、

選択の積み重ねから生まれます。


🌿 回復の本質


回復とは、


完璧になることではありません。


反応ではなく、

選択できる瞬間が増えることです。


神経が整うと、


・助けを求められる

・ノーが言える

・感情が流れる

・人を信じられる

・自分を信じられる


ようになります。

2025/11/16
共育ち家族

アダルトチルドレン(AC)とは、「子どもっぽい大人」のことではありません。 

本当は子どもとして守られ、甘え、試し、失敗できる時期に、家庭の事情の中で大人の役割を背負わざるを得なかった人のことをアダルトチルドレンと言います。

アダルトチルドレンが大人になるためには共通の課題があります。

その課題の一つが、がんばりすぎる癖です。

甘え方も頼り方も十分に学べないまま、

「一人で我慢する」「頑張って乗り切る」ことで生き延びてきた。

だから大人になっても、心の奥に

恥・劣等感・怒り・傷つき・悲しみ・喪失感などが残り、

人生を懸命に生きているのに、どこか苦しくなりやすいのです。

愛着の課題を抱える人も、「恋愛依存か回避か」だけで語れるものではありません。

幼い頃に安心できるつながり方(安全基地)を十分に体験できず、

人との距離の取り方や助けの求め方が、いつの間にか「不健康な型」として身についてしまう。

その結果、望まない形の人間関係に入り込みやすくなります。

そして、こうしたパターンは個人の性格ではなく、

家族の中で繰り返されてきた「生き方の癖」として、代々受け継がれることがあります。

家系図を見たときに、落ち込みやすさ、孤立、尽くしすぎ、怒りや悲しみのコントロールの難しさ、

早逝などの傾向が重なって見えることもあります。


 機能不全家族で生まれやすい「5つの役割」 

アダルトチルドレンは、家庭のバランスを保つために役割を担いがちです。代表的なのは次の5つ。

1. ヒーロー(優等生):期待に応え続け、のちに燃え尽きやすい

2. プラケーター(小さな親):尽くしすぎ、支える側に偏りやすい

3. ピエロ:場を和ませるが、罪悪感を抱えやすい

4. ロストチャイルド(いない子):自分を消して、孤立しやすい 

5. スケープゴート:損な役回りになりやすい

どのタイプも、根っこには「そうしないと居場所がない」という感覚があり、

「〜でなければならない」と防衛的に生きるため、疲れやすく、柔軟性を失いやすい。

だからこそ、人生の途中で行き詰まりを感じることがあります。

「これはあなたの弱さではなく、生き延びるための工夫だった」

ACは「子どもっぽい大人」ではありません。

子ども時代に子どもでいられず、早く大人になった人。

甘え方も頼り方も分からないまま、一人で我慢と頑張りで生き延びてきた人です。

愛着の課題も「恋愛依存/回避」だけじゃない。

安心できるつながり方を学べず、人との距離感が“型”になってしまい、

望まない人間関係に苦しみやすくなる。

それは性格じゃない。

家族の中で受け継がれた「生き方の癖」かもしれない。

気づけた時点で、連鎖はほどけ始めることができます。


深野タラニ

営業時間

(不定休)

10:30~16:00

  19:30~21:00  


料金

(税込)

占い一人45分6000円

セッション90分1万円

延長料金無し、返金保証付き

場所

ハイブリッド

1,オンライン💻 

2,カウンセリングルーム🏡

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