AC・愛着ケアの癒し
熟年離婚

モラハラ夫と自己卑下妻の例
たとえば、「加害者と被害者」だけでは語れない
モラハラ夫と自己卑下妻問う考えを『陰陽論』で考えてみます。
夫はいつも威圧的で、自分の意見を押し通し、
妻を責め、見下し、威圧します。一見すると、
夫が「陽」で、妻が「陰」に見えます。
夫は攻撃で自分を大きく見せ、
妻は小さく受け身になり、耐え、黙り、呑み込みます。
けれども、この関係を深く見ていくと、
夫は本当の意味で成熟した陽ではありません。
成熟した陽とは、守る、導く、責任を持つ力です。
相手を押さえつける力ではありません。
モラハラという現れは、実は未熟で不安定な質の悪い陽です。
その内側には、自身のなさ、傷つきやすさ、劣等感、
支配を失うことへの恐れが潜んでいます。
一方で、妻の陰も、本来の成熟した陰とは違います。
成熟した陰は、受容、共感、柔軟さ、育む力です。
しかし、自己卑下する妻は、自分の感情や境界線を失い、
「私が悪い」「私さえ我慢すればいい」と思い込んでしまいます。
それは本来の陰である受容とは質が違います。
この時二人の間では、未熟な陽と未熟な陰が結びついています。
夫は強く出ることでした自分が保てず、
妻はますます自信を失います。
その結果、二人は真逆に見えて本当は同じ檻の中にいます。
一人は檻の支配の部(鬼門)分に、
もう一人は檻の服従の部分(裏鬼門)に閉じ込められているのです。
なぜ、そのような関係から抜け出せないのか 。
こうした関係は、外から見ると苦しそうでなぜ別れないのか、
なぜ、そのような言い方をするのかと不思議に見えることでしょう。
けれども、その背景には多くの場合、思い込みや信念が隠れていくことがあります。
よくあるのが、性の役割、男だから女だからという信念、
また、夫側には「弱さを見せてはいけない」
「負けてはいけない」
「支配される前に支配しなければ奪われる」
「女性より権威がなければ一人前ではない」
「女は劣っている」
「家父長体制」「男は家事をするものではない」
などの無意識の信念があるものです。
妻側には「嫌われてはいけない」
「ちゃんと家事や料理をしなければいけない」
「波風を立ててはいけない」
「私が我慢すればすべては上手く収まるから」
「周りに迷惑をかけてはいけない」などという無意識の信念があるかも知れません。
あえて言葉には出していませんが、
そのために二人は無意識に絡み合っていてますますドツボにハマっていってしまいます。
ずっと偏ってきて、もうこれ以上譲れないというところまできて崩壊します。
まるで、長年使い古したもののように「古女房」といったり、
夫を鬼のように怖がったりするのです。
夫は「この家の支配者」のように演じ、
妻は「従順な家政婦」のように演じ、
そして、お互いにその役を補完し合っていしまうのです。
ココに陰陽の法則を見ると、
相手だけが原因なのではなく、
両者の偏りが関係を固定化しているということが見えてきます。
もちろん、だからといって加害行為が正当化されるわけはありません。
暴言での支配ははっきりと境界線を引いて扱うべき問題です。
ただし、関係の本質を理解するためには、
善悪のラベルだけで終わらせず
「なぜこの形がうまれ、続いてしまったのか」
を見る必要があります。
統合とは何か
統合とは、偏った先にはありません。
偏った先から中心に戻ってきたところにあります。
偏った自分の反対側の力を少しずつ取り戻していくことです。
よって、支配的な人に必要なのはさらに強くなることではありません。
弱さを認めること、
傷つきやすさを自覚すること、相手をコントロールせずに不安に耐えることです。つまり、陽に偏った人には陰の力、相手を受容する、自分を内省する、共感することが必要です。
服従する人は必要なのは、さらにやさしくなることではありません。我慢をやめて、自分の気持ちを知ること、自分の境界線を守ること「嫌だ」ということ、自分の価値を引き付けることです。つまり、陰に偏った人は、陽の意思、主張、挑戦、行動、自尊心が必要です。
統合とは、やさしい人だけでもなく、強い人だけでもない
と認めることです。人はやさしさの中に強さを持てます。強さの中にやさしさを宿せます。受け入れながら、境界線を引くこともできます。愛しながら、離れることもできます。それが陰陽の統合です。
「こうあるべき」「こうするべき」「役割」「決めつけ」「固執」から自由になる
ほんとに必要なのは勝つことではありません。
夫が完全敗北すればすべては上手くいくわけではありません。
妻が逆転支配するばいいことでもありません。
そうなれば、立場が入れ替わるだけで、偏りそのものは続いてしまいます。
必要なのは、二人がそれぞれの偏りに気づくことから始まります。
夫は「支配的にならなければ不安でいられない自分」に気づくこと。
そして、演じる役から降りること。
妻は「小さくならなければ愛されないと思っていた自分」に気づくこと。
そして、そこから役割を降りることです。
私は陰陽の法則とは古い思想ではなく、
人間関係の深い真実を映す鏡だと思ています。
苦しみは片方が悪いからだけではなく、
多くの場合、偏りが固定された時に大きくなります。
だから癒しとは相手を打ち負かすことではなく、
自分の中で失っていた反対側の力を回復することなのです。
やさしい人が自分を守れるように経済的にも精神的にも自立すること。
強い役の人は心から人を思いやれるようになること。
そのために家事や料理をして相手のことを配慮すること
目からうろこの体験になるでしょう。
そのとき、関係は支配と服従ではなく、尊重と循環へと変わります。
陰と陽は戦うと分離か崩壊を起こします。
共に在ることで調和し新しい命に変わります。
陰陽の法則の要点
陰と陽は対立ではなく、補い合う力である
問題は陰陽そのものではなく、一方への偏りである
陽に偏ると支配や攻撃になりやすい
陰に偏ると自己否定や自己犠牲になりやすい
統合とは、反対側の力を取り戻し、循環を回復することである