2025/10/14
不幸の向こう側に

家族のあたたかい居場所
心に矛盾を抱えて混乱していた珠恵(仮名)さんの人生
珠恵さん(50歳)は10歳のお子さんが不登校になり引きこもって誰にも会おうとせずに、
食事も一緒に出来ない状態でほとほと心配で困って私のカウンセリングにいらっしゃいま
した。珠恵さんの生い立ちを聴くと、10才の頃両親には離婚問題が湧き上がり、珠恵さん
は父親か母親かどちらにつくかを訊かれたこともあったそうです。両親はもの心ついたと
きから派手なケンカをしていました。世間体を気にする母親から、珠恵さんにはそのこと
を他人には言ってはいけないと厳しく躾けられていたそうです。子どもの頃から母親がい
つも落ち込んで、家の片付けも料理も出来なくなるか心配する子ども時代だったそうです
。小学中学の頃は父は帰宅困難症だったのではないかと今は思っています。もちろん、珠
恵さんは長女で弟や妹の面倒をよく見ていました。母親からは褒められるどころかいつも
頭を叩かれたり叱られてばかりで、珠恵さんは泣き虫だったといいます。今でも、その母
親が自分を傷付けるから自分の人生はいつもひとりぼっちで対処しなければならず、頑張
っても上手くいかない。自分の人生が苦労ばかりなのは母親が何も対処してくれないせい
だと信念を抱いていました。今までも、母親(70歳)が十分に珠恵さんの話を聴いてくれ
たことは全くないいつも批判ばかりで、褒められたことは一度も無い、10年前から母親に
会うことを止めたと言います。その割には、父親のことはいつも優しくあたたかい目線で
遠くから見守ってくれる気がすると言います。両親の離婚話の時も珠恵さんは父親につい
ていくつもりだったそうです。
珠恵さんは20歳で結婚、3人の子どもをもうけましたが、32歳の時に離婚し、子どもとも
別れて家を出たそうです。その後、自立するために介護士の資格を取り一生懸命に働き
、37歳の時に15歳年上の会社の経営者からプロポーズをされ再婚、恵まれた主婦になり子
どもの一人出来ましたが、その子どもが1才の時に夫がリーマンショックのストレスから
倒れ育児と半身不随の夫の介護が始まりました。夫のことで義母もショックを受けて骨を
折り入院、夫と義母の二人の介護をしなければならなくなりました。しかし、もともと世
話好きの珠恵さんは苦労ではなかったと言います。だだ、介護と育児生活の間、ついつい
自分のための時間を持たなかったことで、仕事も趣味も持たなかったことを無力感とお供
に非常に後悔しているようでした。その間、実家を頼ることもせず、一人で育児も介護も
家の用事も部背負って1日も自分のために休みを取ったことはなかったそうです。そんな
真面目で頑張り屋の珠恵さんにとって、息子の突然のうつ病は晴天の霹靂でした。全く息
子さんの変化に気が付かずにそのような状態に突入したそうです。不登校になった時を同
じくして、高次機能障害の夫が死去、バタバタと息子の不登校を周りに相談しているうち
に、カウンセリングに行きついたと言います。それでも、3年間は真っ暗闇のトンネルの
中にいたような気がしたと言います。息子が中学も行かないと決断したことを受け入れ、
そのような生活をする息子を肯定出来るようになってから徐々に明るさを取り戻し、カウ
ンセリング月に1回受け、後はゆっくり料理をしたり家事をすることだけに専念したそう
です。
そうすると、次第に自分の過去や生い立ちと向き合うようになり、心理学を自分でも勉強
するようになり息子さんも夜間高校に通い始め、あららしい恋人に支えてもらえるように
なり趣味の絵や唄や踊りを始めたそうです。そんな時に私の所を思い切って訪れたのは、
彼女の訴えは「人生が後退して、前進出来ない」というものでした。一見、何もかも順調
で上手くいっているような彼女でしたが、自分のことばかりで、仕事や地域活動をしよう
と思ってもどうしても尻込みして出来ないと言うことでした。
人から非難されるのが怖いということがわかりました。また、誰も自分のことを理解して
くれないのでひとりになって置き去りにされるような気がすると言います。友達を作った
り社会参加して充実感や自己効力感を味わいたいけれど、恥をかきそうで得たいの知れな
い不安い襲われ固まってしまうというのです。
珠恵さんは今まで父親とちゃんと話し合ったことがありませんでした。なぜなら、父親は
直ぐに「そんなこと俺に言うな」と言って酷く怒っていたことをおもいだしhました。80
歳になった今でも、お酒に逃げて、珠恵さんの話は一切聴いてくれないそうです。そんな
時珠恵さんは怒りと言うよりも寂しくなって黙り込んでしまうそうです。「聴いてもらい
たいと思う自分の方が悪いのではないかと気持ちが落ち込んでしまうといいます。」
そのことをノートに自分の不安を書いたり、自分の癒しに取り組みながら、人生を振り返
るとき、自分が前夫からモラハラを受けたり、一切話し合いができなく逃げられてばかり
いて挙げ句の果てには不倫されたのはこの父親の態度も紐付いて居るのではないかと思う
ようになりました。
そのように少しずつ自己理解を深め、不安な自分を否定せずに「そんな自分でいても良い
し」「父母を変えようとしなくなった」時に、安心感をつみかさてねいくことができるよ
うになりました。自分の感情を感じ、自分で癒やせるようになり、自分は愛されて然るべ
き存在だったことを認められるようになり。ありのままの自分を肯定することが出来るよ
うになっていきました。すると、息子も友達と遊びに出かけたり明るさを増し、父親もむ
やみに拒絶をしなくなっていきました。そして、以前よりも家族や自分を自然に愛せてい
るし心から感謝の気持ちになれると言っています。
珠恵さんは、自己の愛情飢餓、息子の不登校、父のコルサコフ症候群から、「ありのままの自分を自分自身で愛する」と言うことを学んだのです。
リトリート民泊ユニファムで目指す安定型愛着の再構築を取り組んでいます。